日々読書、時々一杯、折々投資

モグパクです。都内で働くサラリーマンです。 新書・文庫を1日1冊読むのを日課にしてます。あと、酒(主に日本酒)を飲むこと、投資をすることが好きです。

「藤原道長の日常生活」倉本一宏

藤原道長といえば、日本史の授業で、「摂関政治」という言葉といっしょに聞いたことがあると思います。また、藤原道長といえば、

「この世をば我が世とぞ思う望月の欠けたる事も無しと思へば」

との和歌を連想する方もいるでしょう。まさに大権力者であり、きわめて尊大な人物というのがこの和歌の詠み手に対する印象でしょう。

この本は、そんな藤原道長の等身大の姿を、本人自身の日記である「御堂関白記」に加えて、他の日記から描こうとしています。歴史に関する本としてはちょっと珍しいアプローチですね。

読んでみると、藤原道長という権力者が、ひとりの人間としては、意外にも、すぐに泣いてしまったり、小心で気にしすぎなところがあったり、一方で、とても怒りっぽかったりと、とても個性豊かな人であることが伝わってきます。もっとも、当時まわりにいた人たちは相当振り回されたことは間違いありません。こう言ってはなんですが、いまさら藤原道長を知ったからといって何かメリットがあるというものではありませんが、しかし、権力者というのは今の世の中にもいます。表向きは強そうな権力者でも、じつは藤原道長といっしょでひとりの人間としては人間味あふれる人かもしれない、と想像してみることは、これもメリットはありませんが、ちょっと楽しさを感じたりをします。私だけか?

また、この本からは、藤原道長だけでなく、当時の平安貴族の日常生活もかいまみることができます。平安貴族というと、和歌と恋愛にうつつを抜かした軟弱なイメージしかありませんが、じつは、そうでもないことがわかります。遊び方も徹底していて、大量の酒を飲む宴席のあとに徹夜で漢詩を作り翌朝それを披講し、中にはそのまま出勤する公卿もいます。そして、仕事ぶりをみると、休日もなく、儀式や政務は連日深夜まで続いており、そして、その後は女性の家に行き、翌日ふたたび出勤という生活であり、なかなかのタフネスぶりですね。でも、儀式や政務でしていたことは、たとえば、ある儀式の席の配置がおかしいということが問題となり、なんと、席の配置について公卿たちが「数剋」議論していたそうです。ちなみに1剋は2時間です。他に議論することないのか?と言いたくなるところですが、当時は、これが重要だったのでしょう。

じつは、私はこの本(66~67ページ)を読んで、室町時代足利義満は「御堂関白記」を読んで藤原道長の手法をまねしたのではないか、と思いました。なぜそう思うのか気になる方は、この本とあわせて、「逆説の日本史7中世王権編」(井沢元彦著、小学館文庫)262~264ページ以下をお読みください。

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藤原道長の日常生活」講談社現代新書2196

2013年3月第一刷発行

筆者 倉本一宏

発行所 株式会社講談社