日々読書、時々一杯、折々投資

モグパクです。都内で働くサラリーマンです。 新書・文庫を1日1冊読むのを日課にしてます。あと、酒(主に日本酒)を飲むこと、投資をすることが好きです。

なぜ日本の大学教育が役に立たないのか分かる本

「看板学部と看板倒れ学部ー大学教育は玉石混交」倉部史記中公新書ラクレ、2012年7月発行

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振り返ってみると、自分も高校生のころ何の疑問も持ちませんでしたが、あらためて言われるとなるほどと思います。

ここで注目したいのは、受験までに「学部・学科」を決める必要がある、という点です。なにを当たり前のことを、と思われるかもしれませんが、アメリカのように、入学時には学部や学科に分かれておらず、入学後の学びのなかで専攻を決めていく大学が一般的な国もあります。でも日本では学部生のうちから、何らかの専門分野をある程度深く学ばせるケースが大半。日本ではまず「学部・学科」を決めないと、進学先選びも受験の準備も始まりません(20ページ)

そうでない国もあるということは知りませんでした。

日本中退予研究所(NPO法人NEWVERY)がまとめた「中退白書2010」によると、国私立の大学および短期大学、専門学校をあわせた中退者数は2009年度で約11万9000人。4年制大学だけでも年間に6万人が中退しています。高等教育全体での中退率は1年間で3.3%、4年制大学に絞ると4年間で12.6%。実に8人に1人が卒業できない計算です・・・日本私立学校振興・共済事業団が2005年度の私立大学の中退者5万5500人を調査した結果があります。それによると・・・入学後、選んだ専攻が「本当にやりたいことではない」と気づいた、「大学の授業や周囲の人間たちに失望した」という理由から、退学という選択をする学生は多いのです。つまり高校時代での学部・学科選びが、うまうくいっていないケースも世の中には多いということです(21~22ページ)

これはけっこう深刻ですね。こんなに中退者が多いとは知りませんでした。たしかに、よく分からないまま、合格できそうだからという基準だけで受験先を決定していて、そこで何をやるのか何をできるのかを真剣に検討した記憶が、自分自身もありません。

現在の大学にとっての最大の関心事は、志願者の獲得。より具体的に言えば、「より多くの志願者数を確保すること」です(24ページ)

一方、大学側はどうなのかなあと見てみると、「学生」ではなく「志願者」の獲得に熱心なのが、ちょっと気になりますが。

毎年、多くの大学が学部を新設しています。20年以上前の大学しか知らない方にとって、現在の学部変更のペースは、信じがたいものと思われるかもしれません・・・文系とも理系とも言えない学際系学部が多い、カタカナを入れ込んだ長い学部名が多い、「スポーツ」や「国際」「コミュニケーション」などのキーワードが好んで使われている・・・・・・など、新しい学部には共通して読み取れる傾向もあります。このように学部の新設や改称、再編が活発に行われるのは、それが学生獲得のための最も効果的な一手であると多くの大学関係者が考えているからです(26、29~30ページ)

大学もがんばっているなあという印象です。

志願者「数」を最大化しようとすれば、そのような判断をさせること自体、大学にとっては「やってはならない」ことになります。余計なことは高校生に考えさせず、とりあえず受験してもらった方がいいわけです。かくして具体的な数字や教育方針は語らず、曖昧で抽象的なキャッチフレーズばかりが並んだパンフレットが作成されることになります。「何でも幅広く学べる」という一点を強調し、どのような学生にも「私に向いている」と思わせるような広報方針をとります・・・普通、企業などの広報担当者はさまざまな方法でライバルとの差別化を図ろうとしますが、大学の広報担当者ときに、まるで差別化をしたくないかのような姿勢を見せます。試しに5校の大学案内を取り寄せ、その中味を比較してみてください。一般の方々から見れば、おそらく書かれている内容の7~8割は、ほとんど同じだと感じるはずです(39~40ページ)

この話を聞いてしまうと、なんか大学が努力する方向がずれているなあという気がしますし、中退者が出てしまうのは大学の責任もあるのではないかという気がします。

そんな新興の観光系学部を試すかのように、最近では問題も浮上しています。国土交通省が2004年から2006年にかけ、観光系学部・学科の卒業生に対して行った進路調査によると、旅行業が約8%、宿泊業が約7%、旅客鉄道業が約5%、観光業界全体でも約23%とのことでした。観光学を学んでも、観光関連産業に入っていない、もしくは入れていないという現状が明らかになったのです・・・経営についての教育を求める観光業界と、観光系学部が提供する教育とのズレという指摘は、核心を突いています。観光業に就職するかどうかはさておいても、「観光」について学び考えるのであれば、経営やマーケティングに関する勉強は確かに不可欠です。「とりあえず観光という名前さえ打ち出しておけばいいだろう」と安易に考えてカリキュラムをつくった大学が、そうしたニーズに対応できずにいるのでしょう(113~115ページ)

最近「観光」という名の付く学部をよく見ますが、このような学部に入学する学生は、将来、「観光」に関する仕事をしたいと思っているのが普通でしょう。しかし、この本の指摘する実態は、学生の期待が大きく裏切られていることを示しています。もちろん、学生の志望が途中で変わるということもあり得ますが、観光業界のニーズに沿った学生が育成されないという教育内容の原因も大きいようで、しかも、それが、とりあえず「志願者」を集めればいいという安易な気持ちで観光系学部を設置した結果とすれば、大学の責任は重いですね。

最近の高校生は、「子ども」と「情報」に興味があるらしい。それなら、「子ども情報学部」にすれば、多くの高校生を取り込めるのでは? かくして世の中に新しい「子ども情報学部」という学問分野が誕生しますが、それがどのような学問体系を持つべきなのか、社会からどのように評価されるのかといった部分には、ほとんど関心は払われません。これが第一章でも述べた、「証明書としての意味を成さないオンリーワン学位」急増の原因です。こうした、キーワードの組み合わせでできた造語の学部を仮に「ひな壇学部」とでも呼んでおきましょう。ひな壇に並ぶタレントのように、魅力的な言葉を名称に並べておけば、どれかに惹かれた受験生が集まるだろうという発想の学部です(122~123ページ)

ひどい話ですね。このような学部に入学してしまった学生の将来が心配です。それにしても、倉部氏のネーミングは辛辣です。

 

この本は、大学選びのための様々な視点を紹介することを目的として書かれた本ですが、私にとってはむしろ、大学教育が役に立たないと言われることの大学側の原因を解説した本として読めました。