日々読書、時々一杯、折々投資

モグパクです。都内で働くサラリーマンです。 新書・文庫を1日1冊読むのを日課にしてます。あと、酒(主に日本酒)を飲むこと、投資をすることが好きです。

自分が不幸せのは遺伝のせいなのでしょうがないと思っている方に読んで頂きたい本

日本人の9割が知らない遺伝の真実(著者:安藤寿康)、SB新書、2016年12月初版第1刷発行、2017年2月初版第4刷発行、

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言ってはいけない 残酷すぎる真実」(著者:橘玲新潮新書)という本があります。2016年4月に発行され30万部を超すベストセラーになりました。安藤氏はこう言っています。

 

これには驚きと当惑の気持ちを隠せませんでした。なにしろ私たちが長年取り組み、おれなりに世の中に発信してきたつもりなのに、ほとんど届いていないと感じていた行動遺伝学のメッセージが、こんな形で取り上げられ、地方の小さな書店でも平積みにされ、電車の中吊り広告にもなるような扱いになっているのですから。しかも私の書いた本がエビデンスとして紹介されています(中略)この本はそのベストセラーに便乗した本です(214ページ)

 

まさに「正直に白状し」(214ページ)ています。多くの人が何となく感じてるけど、はっきりとそれを口に出すことはできない、そんなことの一つに遺伝の影響もあります。橘氏の本はそこをはっきりと指摘したので、それゆえベストセラーになったのでしょう。安藤氏の本は「便乗」と述べていますが、橘氏の本の内容を専門家の立場から深堀りしたのが、この本になります。安藤氏は結論を最初に述べています。

 

ひとは幸福になるようにデザインされているわけではないけれど、現実には幸福を感じて生きている人もたくさんいる。それは遺伝的才能を生かす道がこの社会にひそんでいるから(4ページ)

 

遺伝の影響力を否定はしていないようです。でも、それでも「幸福を感じて生き」ることができるというのは、橘氏の本とは逆の方向のようです。詳しく見てみましょう。最初は、遺伝とはどの程度わたしたちの人生に影響を与えるもなのか?です。

 

神経質、外向性、開拓性、同調性、勤勉性の、いわゆるビッグ5については、だいたい30~50%が遺伝によるもので、残りは非共有環境です(中略)ほとんどの性格特性は、遺伝と非共有環境によって説明されるということがわかっています。また認知能力について、一般知能はおおむね5割以上が遺伝の影響で説明され、共有環境の影響もあることが図7からわかります(中略)各種才能については、遺伝の影響が強く出ています。特に、音楽や執筆、数学、スポーツの才能に関しては、軒並み遺伝の寄与率が80%を超えています(中略)精神疾患発達障害についても、図7に見るように遺伝の影響が強く出る結果となりました。統合失調症自閉症ADHDについては80%程度が言えんによって説明されます(80~82ページ)

 

やっぱり遺伝が大事なんだ、という感想です。では、たとえば、より高い収入につながるかという点はどうでしょうか?

 

山形や中室らによる日本の20歳から60歳までの1000組を超す大規模な双生児データからは、もっと興味深い結果が出ています。この研究でも全体でみると収入に及ぼす遺伝の影響は約30%でした。ところが年齢まで考慮してみると、就職し始める20歳ぐらいのときは遺伝(20%程度)よりも共有環境(70%程度)がはるかに大きく収入の個人差に影響していることが示されました。ところが年齢が上がるにつれ、その共有環境の影響はどんどん小さくなり、かわりに遺伝の影響が大きくなって、最も働き盛りになる45歳くらいが遺伝の影響のピーク(50%程度)になり、共有環境はほぼゼロになるのです(105~106ページ)

 

やはり遺伝が大事ということです。しかも、年齢が上がるにつれてその影響が大きくなっています。遺伝が大事ということは、生まれた瞬間勝負が決まっているということか?とも思えます。でも学校教育しだいでは変わるのではとも思えます。

 

イギリスの双生児7000組を対象した調査では、学習動機つまりやる気や自分で感じる学力感が、同じクラスや同じ先生で教わった場合と異なるクラス・先生とで教わった場合で異なるかを調べています。その結果といえば、学習動機に及ぼす先生の違いからくる影響力は、あっても2~4%程度、つまりほとんどありませんでした。他の心的形質と同様、学習動機の遺伝率も概ね40%ですが、教え方やクラスのちがいよりも遺伝の影響の方がずっと大きかったのです(125ページ)

 

学力にどの程度遺伝が影響するのかということを直接調べた調査ではありませんが、イギリスの調査は、その他の要素、先生の教え方などが与える影響はほとんどないと言っており、すなわち、遺伝の影響力の大きさを示しています。そして、安藤氏はこう述べています。

 

IQは70%以上、学力は50~60%くらいの遺伝率があります。生まれた時点で配られた、子ども自身にはどうすることもできない手札によって、それだけの差が付いているわけです。残りは環境ということになるわけですが、学力の場合、さらに20~30%程度、共有環境の影響が見られます。そして、共有環境というのは家族メンバーを似させるように働く環境のことですから、大部分は家庭、特に親の提供する物質的・人的資源によって構成されていると考えられます。親が与える家庭環境も子どもにはどうすることはできません。つまり、学力の70~90%は、子ども自身にはどうしようもないところで決定されてしまっているのです。にもかかわらず、学校は子ども自身に向かって「頑張りなさい」というメッセージを発信し、個人の力で何とかして学力を上げることが強いられているのです。これは、科学的に見て、極めて不条理な状況といえるのではないでしょうか?(144~145ページ)

 

遺伝の影響力の大きさはよく分かりました。そして、さらに学校教育の在り方にも問題を提起しており、話がますます重くなっていきます。そうすると、遺伝的に恵まれない、しかも、学校教育で挽回できないということになり、絶望的な気分になる方がいてもおかしくありません。しかし、そうでもないのです。

 

どんな能力も社会的に認知されて初めて「能力」として定義されるということです(通略)しかしこのことは逆に言えば、社会的に認められていない能力、何らかの形で測る基準と方法を持たない能力は、能力として認知されないことを意味します。例えば、偏差値の高い大学の卒業生で、道路工事といった肉体労働を一生の仕事として選ぶ人はほとんどいないかもしれません。しかし、道路工事をきちんとやるには、そのための特別な能力が必要になります。まず求められるのは、肉体的に頑健であることでしょうが、土や岩の扱い方や安全性への勘なども必要かもしれません(中略)学校教育ではそれが教科にもならなければ、その能力を測るテストもありません(39~40ページ)

 

学校で教えること、テストで測ることのできることが能力のすべてではないし、それ以外の能力で社会で必要とされる能力はいろいろあるということです。

 

成績が悪いということは、一種の「シグナル」だと私は考えています(中略)つまり、何をどうしても成績が悪いというシグナルが出ているのであれば、あなたはその分野の才能がない、あるいは適切な環境と出会っていないために発現していない。だから時間やお金といったリソースを別のことに振り向けて生存を図るべきではないでしょうか(中略)素質が「ない」ことに無理にリソースをつぎ込むより、別のことにリソースをつぎ込んだ方がよほど合理的です。さもないと落ちこぼれという烙印を押して劣等感を植え付けるだけになってしまいます。素質がないことも素質の発見なのです(196~197ページ) 

 

自分が遺伝的に何に向いているのかを探すために、学校でさまざまな科目を教えているということです。そうであれば、人によって得意不得意があっても、いろんな科目を教えるのは当然ということになりますし、それは、学校の科目以外のことも同じように当てはまります。安藤氏はこう述べています。

 

教科書の内容をすいすい理解できて、勉強が苦ではない人は、どんどん勉強していけばよいでしょう。もちろん、そういう勉強ができる人と、何となく分かった気になった人では、学業成績に差は付きます。でも、スポーツクラブで100㎏以上のバーベルを持ち上げる人もいれば、軽い運動で健康を保っている人がいるのと同じように、いろんな形での知識との接し方があることを認めた方がいい。誰もがオリンピック選手を目指さなくてもいいのです。むしろ重要なのは、それぞれの生活の中で、何かをずっと学び続けていられることです(169ページ)

 

さいしょにご紹介した安藤氏の結論の意味がよくわかります。安藤氏は、幸せな人生を送るためには、遺伝の影響を認めた上で、自分が持っている遺伝を活かせる分野を、学校教育の中はもちろん、それだけでなく、学校外も含めてひろく探し続けることが必要という立場のようです。

 

遺伝の影響が大きいと聞くと、もうじぶんはだめなのかと絶望的な気分になる方もいます。橘氏の本はそういうメッセージを発している本のように見えます(わたしはまだその本を読んでおらず本のタイトルだけで推測しています)。こういうとき、ついつい遺伝の影響を頭から否定したくなりますが、安藤氏はそれをせず、遺伝の影響と仲良く付き合っていく方法を示してくれています。遺伝にめぐまれている人めぐまれていない人、あらゆる人に希望を与えてくれます。