日々読書、時々一杯、折々投資

モグパクです。都内で働くサラリーマンです。 新書・文庫を1日1冊読むのを日課にしてます。あと、酒(主に日本酒)を飲むこと、投資をすることが好きです。

人生は腹を決めた人の勝ち、人生で大事なことを教えてくれる本です

「消せるボールペン」30年の開発物語(著者:滝田誠一郎)、小学館新書、2015年4月初版第一刷発行、

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消せるボールペンとは、パイロットの「フリクションボール」のことです。大ヒット商品なのですが、どのぐらい大ヒットなのかというと、

 

2006年1月にフランスで先行販売され、2007年3月に国内での販売が開始された「フリクションボール」は、以後さまざまなシリーズ商品を投入しつつ、発売元のパイロットコーポレーションの予想をはるかに上回る勢いで市場に浸透し、市場を席巻し、驚異的な販売記録を塗り替えている。人口約6100万人(2006年)のフランスで、1年強で750万本発売したのを皮切りに、2010年3月には累計3億本、2014年3月についに10億本を突破した。フランスでの先行販売から8年強で累計10億本ということは、単純計算で1年に1億2000万本強売り上げたことになる。年間500万本売れればヒット、1000万本売れれば大ヒットといわれるボールペン市場において、『フリクションボール』は、"超"の字を3つ4つ重ねても追いつかないくらいの大ヒットを記録し、いまなおその記録を更新し続けているのである(16~17ページ)

 

数字で見ると、どれだけのヒット商品かよくわかります。このような稀にみる大ヒット商品であれば、その開発では、ふつうにはない苦労があったでしょうし、さらには、その関係者の行動、考え方に、ぜひお手本にしなければいけない、見習わなければいけないこともあったのではないかと思い、読んでみました。

 

温度変化で色が変わる「メタモカラー」(「メタモインキ」ともいいう)の基本原理をパイロットインキの若き開発者が発見したのが1971年。特許を取得したのが1975年。それから三十数年間におよぶ長い開発期間だ(3ページ)

 

30年!これはすごいですねえ。30年やるということは、ほぼ人生をかけるに等しい行為です。一方、本人がやる気になったとしても、会社がそれを認めるかどうかは別の話です。

 

研究・開発のゴールがそもそも決まっていなかったということだ。じつは最初から消せるボールペンの開発を目指していたわけではないのである。もし、最初から消せるボールペンの商品化を目指していたのならば、この研究・開発は失敗に終わっただろう。5年経っても、10年経っても、筆記具への応用の目処が立たなかったのだから。最初からゴールをひとつに決めずに、全方位に目を向け、手をつけてきたからこそ、さまざまな商品化に結びつき、利益を出し続け、30年超もの長きにわたってメタモカラーの研究・開発を続けることができたのだ(7ページ)

 

これはおどろきです。これほどの画期的な商品なのに、最初からそれを狙っていたわけではないとは。目標をあらかじめ決定しそれに向けて計画を立てるということが重要ということはよく言われますし、それ自体はそうだなあと思いますが、それは、ふつうの目標に当てはまる話で、これほどスケールの大きい話となると、ちがうようです。そうすると、なぜ開発できたのか?という疑問が生じます。

 

筆記具に用いるインクは長時間、光に当たろうと空気に触れようと、半永久的に色が変わらないことが最良最善であり、他の開発者たちがそのために心血を注いでいるなかにあって、ただひとり色が変わるインクの研究・開発をテーマにしようというのだから、それも当然というものだ。しかし、あえて傍流を選んだ中筋の心意気、信念は、若手の研究・開発者には学ぶところが多いはずだ。「とにかく何か新しいことをやろうと、人がやっていないことをやろうと、その一心でしたね。ですから、言い方を変えると、"寂しい出発"をしよう、と。他の人が寄ってたかって取り組んでいる賑やかな、華やかなテーマは、どうせ先行している人が成功するに決まっている。だったら誰も見向きもしないような寂しい出発をしようと、色が分かるインクの研究に取り組むことにしたのです。責任もあんまりない若手社員だからこそそんな冒険もできたのでしょうね」(26ページ)

 

たいへん失礼な言い方ですが、開発に着手したときは、何年かかるかなんてまったく予想していんかたし、はっきりいって、成功するとか、成功を狙うということを本人自身が思っていなかったのではないか、ということが感じられます。あとづけですが、大ヒット商品なんていうのはそういうものなのかもしれません。誰かが思いつく、あるいは、すでに誰かがなっているようなことであれば、大ヒットにつながるはずがありません。そのような奇抜な発想に基づく開発が、パイロットのような大企業で認められたのは意外です。ふつう、大企業になると、ふつうの人がいっぱいいるので、そういう人が寄ってたかってこういう奇抜なアイデアをつぶしてしまうのがよくあるパターンですから。この企画を通すまでにそうとう社内で大変だったのではないかと推測します。さいごは、自分を信じるしかないということでしょうか。でも、自分を信じすぎると失敗してしまいますし。難しいところですが、そこは腹を決めるしかないのかもしれません。

 

「『フリクション・ボール』が大ヒットしたのは、その前提としてパイロット製品のクオリティの高さがヨーロッパの消費者から非常に高い信頼を得ていたからだと思います。だからこそ、『フリクションボール』は単なる"gadget”(ガジェット=目新しい道具、おもしろい小物)とみなされず、筆記具として認知され、普及したのだと思っています。多くの消費者に非常に喜んでいただけましたし、競合他社はかなり嫉妬していましたよ」(99ページ)

 

イデアの斬新さ、開発の苦労が大ヒットにつながったのは間違いありませんが、それだけではないというか、それよりもむしろ大事なことを言っていると思います。大ヒット商品というのは、ヒットする前は、単なる変わった商品です。それを消費者に買おうと思ってもらうためには、商品というよりそのメーカーに対する信頼、評判がなければ難しいでしょう。それをこのことは指摘しています。開発は開発者の成果ですが、大ヒットは、開発者だけでなく、それまでの過去の様々な商品の開発、製造、販売に携わった人たちのおかげでもあるわけです。

 

「(略)私自身も経験したことだが、毎月提出する文章はワープロやパソコンを使えば簡単に作成できますから。基本的な定型文を作っておいて、毎回ちょっと変えるだけで作成できますから。便利ではあるけど、そこにそのときどきの自分の思いが本当に表現できているかというと疑問だと言わざるをえない。逆に手書きの場合は毎回新しいことを自分で考えて書かなければいけないので、それなりの思いがおのずと表現されるものです。単なる情報の伝達だけならばワープロとかパソコンとか便利なものを使えばいい。でも、自分の思いを伝えたいのなら手書きだろうと(略)」(199~200ページ) 

 

 

フリクションボールに関することではありませんが、さすが、筆記具メーカーの方はおもしろいことを言うなあと思います。おそらく、仕事ではパソコンとかで文章を作成するおがふつうだと思いますが、一方で、同じ内容であっても手書きの方に価値を認めるという考え方もいぜんとしてあります。なぜだろう?と思っていました。単なる年寄りの発想か?とも思っていましたが、こう言われると納得です。