日々読書、時々一杯、折々投資

モグパクです。都内で働くサラリーマンです。 新書・文庫を1日1冊読むのを日課にしてます。あと、酒(主に日本酒)を飲むこと、投資をすることが好きです。

海賊はなかなかというか永久になくならないのではと思わざるをえない本

海賊の掟(著者:山田吉彦)、新潮新書、2006年8月発行、

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海賊たちの動きは機敏だった。彼らは、インドネシア語を話し、顔を隠すことも無く、臆する様子は微塵も無かった。迷彩色のズボンをはき、Tシャツ姿の海賊は、まるで軍人のように統率がとれていた。瞬く間に船内を制圧した海賊は、船員に命じ船籍証明書と海図を出させると手近な現金とともに奪い、船長、機関長とフィリピン人の三等機関士を自分たちの船に連れ込み、インドネシアスマトラ島の方向へ逃げて行った。犯行に要した時間は、わずか10分(4ページ)

 

2005年3月に、タグボード「韋駄天」(日本船籍)が、マラッカ海峡で海賊に襲撃されたときの状況です。ふつう「海賊」と聞いてイメージする、荒れ狂れ男のような犯罪者のようなイメージとは、ぜんぜん違います。顔を隠すこともしていないとは驚きです。「軍人のように」という比喩は、ぐうぜんではありません。

 

インドネシア人の船乗りハタバラは、バタム島の港をうろついていた。ジャカルタの船員学校を卒業したものの、希望していた外航船の会社への就職は難しく、国内航路の貨物船で短期雇いの船員をしながら食いつないでいた(中略)雇ってくれる船を捜して、バタム島に流れてきた(中略)マレー系の訛りがある体格の良い男が話しかけてきた。その男は、「インド航路のコンテナ船の船員を集めている」と仕事の誘いを持ちかけてきた。ハタバラにとっては渡りに船で、直ぐに話に飛びついた。町の一角の小さなビルにある事務所のようなところにつれて行かれると、そこには、船員らしい男や刺青をした港湾労働者などが数人たむろしていた。海賊のたまり場だったのだ(中略)気が弱いハタバラは断りきれず、海賊になることを了承した。彼に与えられた仕事は、船を襲うときの操船係だった(55ページ)

 

街中で海賊のなり手を集めているとはおどろきです。なんか、犯罪というよりはなんかのビジネスをするための人集めの感覚でやっているように見えますし、意外と本人たちも、犯罪という意識があまりないのかもしれません。

 

ジェフリ一味のような村ぐるみの海賊を「ロビンフッド海賊」と呼ぶ、村の若者が集まり船を襲い、奪った金品を村全体で分配する。海賊の分け前を受けた村人は、海賊を村民全体でかくまうのである。警察や行政は、海賊村の存在を知っていても、村人が口裏を合わせているので目をつぶっているようだ(58ページ)

 

海賊がふつうに生活に溶け込んでいて、やっぱりという感じです。しかし、なぜ海賊なのでしょうか?他にも収入を得る行為はないわけではありません。

 

インドネシアマラッカ海峡沿岸部の人々の生活は貧しい(中略)大型船の引き波で転覆する小型漁船や当て逃げに遭う船は後を絶たない。彼らにとって、海峡を大型船が通行することは、庭先の路地をダンプカーが走ってゆくようなものである。タンカーの衝突事故や、座礁事故で油流出などが発生した場合、漁場が荒らされるなどの被害を受けるのは沿岸に暮らす人々なのである。外国船に対して、悪意を持つ沿岸民がいてもおかしくはないのだ(68ページ)

 

なるほど。ぜんぜんかんがえたこともありませんでしたが、ダンプカーの例えはとても分かりやすい。日本でも、もし瀬戸内海で外国の大型船がひっきりなしに通過したら、沿岸の人は同じ目にあうかもしれないし、反感を外国船に持つのはしぜんなことだと思います。マラッカ海峡の沿岸国に、外国の船会社は通行料とか払っていないのでしょうか?

 

14世紀から15世紀にかけて、イギリスとフランスはフランス王位の継承問題に端を発した百年戦争(1337~1453)の泥沼に陥っていた。また、ハンザ同盟内の対立もあり、ヨーロッパに戦乱が絶えることはなかった。そんな混沌とした情勢の中で、海賊たちは海軍力を評価され、正規の軍隊に編入されるようになった。その代償として、私掠許可状が与えられ略奪行為を認められたのである(82ページ) 

スペインの国力が衰え終戦を迎えると、私掠戦の役目は終わり、皮肉なことに、再び海賊になる船乗りが増え、また、終戦に伴い解任された海軍軍人は、海賊の仲間に加わって行った(86ページ)

 

海賊と軍隊(海軍)はどうもあまり区別できないようです。

 

海賊船に乗るのは、一種の契約行為であった。航海に出る前や新しい船長を選ぶときに、乗員たちは規則を決めて署名し、宣誓するのであった。一つの例として、18世紀初頭に活動したジョン・フィリップス船長率いるリヴェンジ号の規則を紹介する。

一、乗組員は全員、命令には従わなければならない。船長は1.5人分の獲物の分け前を受けるものとする。航海長、大工、甲板長および砲手は、各々1.25人分の分け前を受け取るものとする。

二、脱走を企てたり、仲間に秘密を持ったものはすべて、弾丸一瓶、水一瓶、小火器一丁および弾丸を与えて孤島に置き去りにするものとする。

(中略)

七、常に戦闘に使えるように武器の手入れをすることを怠ったり任務を怠ったものは、分け前を減じ、また船長および仲間が適切と考える処罰を科す。

(中略)

(出典 フィリップ・ゴス著「海賊の世界史」・朝比奈一郎訳)(99~101ページ)

 

制裁はむちゃくちゃ厳しいですが、でも、義務として課されている内容は、海賊という行為を前提とすれば、けっこう普通というか合理的なような気がします。元々軍人だった人が海賊になったり、海賊が軍人になったりという、バックグランドを考えれば、このようにちゃんとルールを決定するというのは分かるような気がします。やはり、ふつうの犯罪というイメージとは何か遠いものを感じます。それゆえ、現代においてもまだ海賊は存在し、当局の摘発も追いついていないということなのでしょう。「パイレーツ・オブ・カリビアン」のイメージとはだいぶ違います(笑)

 

それにしても、分け前の配分の仕方をじぜんに決めているところは、西洋人らしいなあと思います。日本だと、たぶんこうは決められないような気がします(笑)。たぶん、そのときそのときの状況で、一番手柄のあった人に多く配分するというようなルールになりそうです。