日々読書、時々一杯、折々投資

モグパクです。都内で働くサラリーマンです。 新書・文庫を1日1冊読むのを日課にしてます。あと、酒(主に日本酒)を飲むこと、投資をすることが好きです。

若い頃優秀といわれた人がなぜ組織の中でダメになっていくのかが分かる本

財務官僚の出世と人事(著者:岸宣仁)、文春新書、2010年8月第1刷発行、同年9月第3刷発行、

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東大など難関大学を卒業し、公務員試験を優秀な成績でパスしたのが財務官僚ですので、能力の高い人が多いというイメージがあります。

 

入省の成績と出世という基本命題に立ち返ると、大蔵省の次官レースにはひとつのジンクスが語り継がれる。それはずばり、「公務員試験一番は次官にはなれない」(230ページ)

 

意外です。財務省(大蔵省)のように、公務員試験の上位合格者を選んで採用しているとされている省庁の場合、いかにも試験1番の人がトップという気がしてしまいます。ふつうの企業では当たり前のことかもしれませんが、一方で、なぜ当たり前なのだろうか?という疑問もでてきます。

 

年齢にすると30代前半でまず最初の評価が下されることになる(中略)最初のハードルを通過する頃の勝ち負けは、大学での優の数や公務員試験の成績を反映したものになるように感じられた。つまり、上司の指示に従ってそつのない答えを出せる人物がこれらのポストに選ばれる傾向が強く、それはペーパーテストでの優秀さが、そのままポストにも反映される結果になりがちだからだ(233ページ)

 

あれ?という感じです。やっぱり試験なのかとも思います。

 

幹部候補生のキャリア組は若い頃から「将の器」であるかどうか、常に試練の波にさらされているわけで、そこには頭の良さだけではない、懐の深さのようなものが試されているのだ。その結果、上へ行けば行くほど光るタイプと、上に行くにつれて光を失うタイプの色分けがはっきりしてくる。むしろ、若い頃にプリンスと騒がれた人物が、上に行くにつれて守りの姿勢に入り、「できる人」のイメージが壊れて徐々に光を失いながら、つぶれていく例がままるように思われた。なぜ、そうなるのか。そういう人物に共通する評価として、「自分の庭しか掃かない」という評判をよく聞いた。周囲から「〇〇年組は××」という声が高まり、本人もその気になって次官コースを一歩一歩上がるにつれて、無理にリスクを取ろうとせずに守りに徹してしまう結果、人間としての迫力に欠けて光を失っていくように見えるのである(236~237ページ)

 

この説明はよく分かります。試験の結果には現われない能力というのがあり、そして、その能力が高い人が出世すべき、ということが具体的に述べられています。多くの人が、何となく認識していることではありますが、このように具体的に言語化して説明しているケースは珍しいと思います。若い頃優秀な人が年をとるとなぜダメになっていくのか、こういう現象は、財務省だけでなく一般の企業にもありますが、この説明が広く当てはまるのではないでしょうか。

 

いわゆる仕事ができる点で二人は甲乙つけ難かった。ただ、唯一違いを挙げれば「ハンドルの遊び」があるかないかだという。斎藤はどんなに忙しい時でも、読書や囲碁の時間を見つけてゆとりを大切にする。ところが、土田はカラオケなどに行っても、仕事の話ばかりするワーカホリックの面が強い。大蔵省に限らずどんな組織でもそうだが、「どこかにハンドルの遊びのある人間」のほうがトップの器として相応しいのだろう(24ページ)

 

「斎藤」「土田」は、大蔵省入省が同期で、速くから次官候補との呼ばれていた人ですが、実際に次官になったのは「斎藤」でした。この評価を聞くと、見る人はちゃんと見ているなあと感じます。

 

「政治家の先生から『お前はもう来るな』と出入り禁止になったのは一度ならず、三度ぐらいあるが、亀井さんのケースはとくに激しかった。主計局長として介護手当てに関する大蔵省の考えを説明していたら、書類をバーンって投げつけられて、お前は出入り禁止だって、突然言われましてね。それで数日してから亀井さんの秘書にもう一度ご説明に上がりたいと言ったら、その時の秘書の返事がすごかった。「武藤さん、今は来ないほうがいいですよ。もし来たら、(亀井から)警察を呼べっていわれていますから』。でも、これで大丈夫だと思いましたよ。それで翌日、亀井さんのところに押しかけていったら会ってくれました。警察も呼ばれなかったし・・・」(76ページ)

 

「亀井」とは元衆議院議員亀井静香氏、「武藤」とは元大蔵省事務次官で現在は東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会事務総長の武藤敏郎氏のことです。外から堅くて無機質に見える大蔵省の仕事も、意外と人間臭いなあと感じます。武藤氏、一般の企業で営業しても相当できるのではないかと思います。こういう経験を経てセレクションされた人がトップになるのであれば、たしかに、公務員試験の成績など関係ないということがよく分かります。

 

こうしてみると、なんだかんだ言っても、やっぱり財務省の役人には優秀な人が多いのだなあと感じます。さいきん、決裁文書書き換え問題で大揺れの財務省ですが、速くそういう話にはけりをつけて、その能力を正しい方向に活かして欲しいものです。