日々読書、時々一杯、折々投資

モグパクです。都内で働くサラリーマンです。 新書・文庫を1日1冊読むのを日課にしてます。あと、酒(主に日本酒)を飲むこと、投資をすることが好きです。

これからは自分の「ライフワーク」を持つ人が活躍できる、つまり誰もが活躍できる時代が来たことを教えてくれる本

2022-これから10年、活躍できる人の条件(著者:神田昌典)、PHPビジネス新書、2012年2月3日第1版第1刷発行、同年2月22日第1版第4刷発行、

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著者の神田氏は、この本の著者紹介によると、累計出版部数は200万部を超えるそうです。わたしも神田氏の名前はもちろん知っていましたが、なぜか今まで本を読む気になれませんでした。はっきりした理由はないのですが、失礼ながら、何となく本のタイトルからして怪しいなあと感じていたからです。しかし、こんかい神田氏の本を読んだのは、この文章を読んだのがきっかけです。

 

わたしの尊敬する神田昌典さんは『非常識な成功法則』という形で、それまでの正論・根性論的な成功法則から、「やりたくないことを見つける」「お金を溺愛する」といったような、成功した人たちが、ほんとうは知っているけれども教えてくれなかったものを明記して本にしました。わたしはその本を手にしたときから、もう、神田昌典さんの虜になりました(「有名人になる」ということ(著者:勝間和代)ディスカヴァー携書、2012年4月第1刷、同年6月第4刷)

 

あの勝間氏がここまで絶賛するのであれば、きっとすごい人に違いないということで、わたしもさっそく本屋に行き、ぐうぜん見つけたこの本をこんかい読んでみました。

 

〇 いま世の中が大きく変化していることを、ここまで分かりやすく説明してくれる本はない

 

「はっきり言って、この本を読んでもまだ、世の中が変わっていることが理解できない人は、おそらく、こんご何を読んでも理解することはできないでしょう」というぐらい分かりやすいです。 

 

神田氏は、70年周期説を主張しています。つまり、日本は70年単位で大きく変化し、そして、70年単位で歴史は繰り返されるというものです。例えば、明治維新と太平洋戦争敗戦との間は72年、つまり約70年です。そして、70年単位の変化は、その前後で価値観が180度変わるような大きなものとなるというものです。

70年周期説と言われると、この本は、未来予測、予言の本なのかと受け取られてしまいます。たしかに、予測、予言はしていますが、わたしは、この本の価値は、予言・予測ではないと思います。言い換えると、70年周期説に基づく予言・予測が当たっているかどうかは重要ではありません。当たったかどうかではなく、日本の社会が大変革を繰り返していくという流れの存在、そして、その流れは大まかにどういう方向なのか、ということが重要で、それをこの本は説明してくれています。

 

いまは2018年です。1945年から数えると73年目ですが、現在、終身雇用、正社員といった戦後日本で重要な役割をはたしてきた制度、もっとも重視されていた価値観が、大きくではありませんが、少しづつ崩れかけています。ここで、この変化についていけない人、あるいは、変化により不利益を受けそうな人は、この現実を受け止めきれず、「もう数十年は大丈夫だろう」という根拠のない判断をしてしまいますが、この70年周期説に立てば、「数年の誤差はあるにせよ、この流れが止まることはあり得ないし、むしろさらに変化が加速し、正社員という立場・地位は消えてしまうだろう」と受け止め、対策を立てることができます。

 

神田氏はこの本でもうひとつとても興味深いことを指摘しています。70年周期説により変化していくとして、変化した後の姿はどうなるのか、という点についてです。わたしたちは、「こんご、こうなるだろう」と予測を立てますが、神田氏は、その予測はことごとく外れるだろうと言っています。神田氏は、こう言っています。

 

1945年、焼け野原で途方にくれている人々に、「40年後には、ジャパン・アズ・ナンバーワンと言われるようになるんです」と予見したものは、頭がおかいいと思われるだけ。だからいま、あなたが、日本の未来を正しく答えられるとしたら、それは、お笑いにしかならない

 

つまり、どう変化するかはいまの時点で誰にも分からないということです。分からないことに何の意味があるのかという話になるのですが、意味は大ありです。つまり、予想もできないほど大きな変化になるということです。

わたしなりに考えてみると、どういう状況になっても頼りになるのはさいごは自分自身しかいないということで、自分1人でも食べていけるようにしなければいけない、ということが求められると思います。食べるということに文字通り着目するなら、自分で農業するのもありでしょう。いま、耕作放棄地が問題になるように、農地は余っているようです。

 

〇 読書ブログを書く意義

 

 

読書といえば、個人の趣味の代表的なものです。イメージとしては、自分の関心、勉強のために本を読み、読むことで新たな知識を得てそれに満足するという形で、あくまでも、読書をする人個人の中で完結しています。

しかし、神田氏は読書にもっと積極的な意義を認めています。キーワードは「イン・フォメーション」から「エクス・フォーメーション」(情報発信)への発展です。単に自分の自己満足、お勉強として読書をとどめるのではなく、それをベースにして自分の意見や感想を発信していく形に発展させていくことです。

 

じつは、ここで神田氏が言っていることは、多くの読書ブログがやっていることです。これは、勇気づけられます。

ブログを書くという行為、読書に限らずですが、自分の感想、思っていることを書いているだけなので、どうしても自己満足にすぎないと思ってしまいますが、神田氏は、そこに情報発信という意義、言い換えれば、自分のだめだけでなく読者のためにもなっているという意義を認めています。その意味で、ブログを書くという行為は表現する行為ですので、ブログを書くこと自体にも勇気が求められます。

 

〇 この本は、私たちにこんごどうしろと言っているのか?

 

 

神田氏は「ライフワーク」を各人で探すことが必要と言っています。「ワイフワーク」はその人が情熱を持つことができるものです。個人としてすることなので、定年などは関係なく、一生続けることができます。

わたしは元々、読書が好きなので、このブログも書いていますが、この本のおかげで読書ブログを「ワイフワーク」とすることも十分あり得るということを感じることができました。

でも、みんな読書好きというわけではありません。わたしは子どものことから読書が好きで、それだけは、いまも変わりません。わたし自身の話がベースになっていますが、そうすると、「ライフワーク」とは、意外と、自分が子供のころ、学生のことに熱中していたことと重なるような気がします。そう考えると、誰にも、この本のタイトルの「活躍」の条件はそろっていると思います。