日々読書、時々一杯、折々投資

モグパクです。都内で働くサラリーマンです。 新書・文庫を1日1冊読むのを日課にしてます。あと、酒(主に日本酒)を飲むこと、投資をすることが好きです。

ふつうの人でも目標を達成できることを示した安田善次郎。凡人に勇気を与えてくれます

成り上がり 金融王・安田善次郎(著者:江上剛)、PHP研究所、2013年10月第一版第一刷発行、

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安田善次郎という人を知っていますか?安田善次郎は、戦前の財閥の一つの芙蓉(ふよう)グループの中核である安田銀行の設立者です。安田銀行は戦後は富士銀行として都市銀行の一核を占め、現在はみずほ銀行となっています。

 

安田氏は、富山藩の安田村に1838年に生まれます。そろそろ江戸時代が終わりに近づいています。安田家は、もともとお金持ちだったわけではありません。武士の家ではあるものの、家はとても貧しく、農作業などをしてやっと食べていけるような家です。しかし、安田氏は、「千両の分限者」になると宣言します。いまの金額で千両がいくらなのかよく分かりませんが、ようはお金持ちになるということでしょう。そう宣言し、江戸に単身行き、さまざまな商売をしながら事業を拡大させ、最後には大成功をおさめます。このことを著者の江上氏は「成り上がり」と表現し、この本のタイトルにもなっていますが、もちろん江上氏は、安田氏を軽蔑しているのではなく敬意を込めてこの言葉を使っています。

 

この本は、そんな安田氏の波乱万丈に満ちた人生を江上氏が描いています。安田氏の波乱万丈の人生自体も読書対象としてとても面白いのですが、それを描く江上氏の筆がとてもさえています。まるで、本を読んでいる自分が江戸時代から明治時代の安田氏のそばにいて、安田氏の成功をじっと見守り、あるときはハラハラしてしまうかのような臨場感あふれる文章のため、一晩で一気に読んでしまいました。

 

〇出世する人とは、着実に歩む人だ

 

安田氏の人生は波乱に富んだのものですので、いろんな出来事が起こります。そして、さまざまな出来事からはいろんな教訓を得ることができますが、安田氏の人生を一貫しているのは、このタイトルの言葉の精神です。

 

この言葉から求められる行動は具体的かつ明確ですし、それほど難しいものではありません。こう言ったからといってこの言葉の価値が下がるものではありませんが、「当たり前のこと」を言っているだけです。

とはいえこれは頭で理解している程度にすぎず、「当たり前のこと」を当たり前にやるという言葉は、頭で理解することと実際に行動することの間に大きなギャップのある言葉の典型でしょう。

 

安田氏は、文久銭投機にチャレンジします。これは、江戸と地方の文久銭の価格差を利用して儲けるという話しなのですが、安田氏は、この話を聞いて、一気に儲けようとチャレンジしましたが、結果はかんぜんな失敗に終わります。「着実に歩む」という日頃の行いからは外れてしまった結果です。

 

「着実に歩む」というのは意外と難しいです。

 

〇どうすれば「着実に歩む」ことができるか

 

「着実に歩む」と聞くと、やるべきことを毎日着実にこなす、というイメージにも聞こえ、とても勝負事とは無縁に感じます。しかし、成功するためには、時には、大きく勝負に出ないといけないこともあり、勝負に出るときに出られないようでは、成功することはできません。

そうすると、どういうときに勝負に出ればいいのか、言い換えると、この勝負は「着実に歩む」から外れているのかいないのかをしっかり見極めなければ、「着実に歩む」ことはできません。

 

じつは安田氏はその後に、さらに大きな勝負に出ています。明治新政府が発行する太政官札(通貨の一種)の価値が、これまで江戸幕府が発行していた小判に比べて低下する一方であるときに、太政官札に不安を持つ人から太政官札を積極的に預かり、買い入れました。その後、太政官札の価値は回復し人々の信任を得られるようになり、安田氏は多額の利益をあげることに成功します。

 

両者の間の違いは何かというのは、「着実に歩む」ことと勝負に出ることの関係を考える上で、とても面白い題材です。もちろん、費やした金額の多寡でもなく、成功したかどうかという結果論でもなく、

 

「その勝負に勝つことでこんご地道な努力をしなくて済むようにすることを目指しているのかどうか」

 

という違いではないかと思います。目指していない勝負が「着実に歩む」勝負です。その場合は、それが勝負であるのはたまたま関わるお金の額が大きいかどうかということの反映にすぎず、それに勝ったからと言ってその後「着実に歩む」ことが不要となることはあり得ません。安田氏が文久銭投機にチャレンジしたのは、確実な儲け話と考えこれで一気にお金を稼ぎたいと思ったからでした。

 

〇安田氏の人生はいまの私たちに何を教えてくれるのか

 

安田氏ほどではいにしても、誰もが、こうしたい、こうなりたいという目標を立て、それに向かって努力することがあると思います。しかし、目標が高いほど、あるいは、その目標の実現を自分が強く希望すればするほど、どうしても、日々やっていることが無意味なような気がしてしまいます。

 

たとえば、「1億円持つ金持ちになる」という目標を立てたとして、そのために、今日から毎日貯金を始めたとします。1日100円としたら100万日(2739年)、1日10000円としても1万日(27年)もかかってしまいます。そうするとつい人は、「こんなちまちました貯金など意味ない。一発大きく当ててやるんだ」とか思って、たとえば、宝くじを買ったり、株をやったりしますが、ほぼ間違いなく失敗するでしょう。

目標が高すぎてその達成を思うと絶望感しかないとき、人はついつい焦ってしまい、一攫千金を狙ってしまいますが、そのような気持ちになってしまったときは、安田氏の話を思い出すべきでしょう。

 

いまの1億円の場合、もちろん貯金だけではぜったい達成は不可能です。しかし、毎日お金を貯める以外にもできることはあるはずですし、そうやっていろいろ努力していると、助けてくれる人がきっと現れます。安田氏はそうでした。江戸に出てから、いろんな人に出会い助けられ成功しています。

 

「師は、弟子にその準備が整ったときにあらわれる」

 

いまできることをしっかりやればいいとも言えます。凡人でも目標を達成することができるのであり、安田氏の人生は凡人に勇気を与えてくれます。