日々読書、時々一杯、折々投資

モグパクです。都内で働くサラリーマンです。 新書・文庫を1日1冊読むのを日課にしてます。あと、酒(主に日本酒)を飲むこと、投資をすることが好きです。

「マサカ」を通じて、世の中、人の動きの皮肉な実態を浮かび上がらせてくれる本

マサカの時代(著者:五木寛之)、新潮新書、2018年4月発行

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「マサカ」という言葉からは、この言葉を思い出します。

 

「人生には三つの坂がある。のぼり坂、くだり坂、そしてまさかである。」

 

小泉純一郎総理(当時)の言葉です。名言ですね。著者の五木氏の「マサカ」も、小泉氏の言う「まさか」と同じ意味です。それまであり得ないと思われていたこと、まったく予想できなかったことが現実化すると人は「まさか」と言います。

 

昔とちがい現在は「マサカ」が日常化している

 

ちょっと矛盾しています。「マサカ」は非日常だから「マサカ」であって、それが毎日であれば「マサカ」とは言いません。しかし、現在は、それでも「マサカ」といわなければいけないような「マサカ」な出来事が起こっているので、現在も「マサカ」は起こります。

たしかに、二大政党制の米国で共和党民主党いずれにも属さないトランプ氏が大統領になったり、東日本大震災が起こり福島の原発事故が起こったり、イギリスがEUから離脱したり、AIによる自動運転が開発されたり(途中)、といったようにさいきんだけ見ても「マサカ」な出来事が日本だけでなく世界中で起こっています。このぐらいなら確かに、しょっちゅう起こったとしても「マサカ」と言える内容です。

こう言われると、「マサカ」だらけのこの世の中でどうやってわたしたちは生きていけばいいのか、ということが気になりますし、それがこの本のテーマです。

 

「マサカ」とは「想定外」

 

「歴史は繰り返す」ではないですが「マサカ」も繰り返されます。五木氏はこんな面白いことを紹介しています。

 

私の趣味の一つは、十年ぐらい前の経済雑誌を読むことだ。そこでは、様々な学者やエコノミストが日本経済の先行きを予測しているが、そのほとんどが、外れているのが痛快である

 

当たらない予測をしておいて、予測外のことが起これば「マサカ」と言って騒いでいる、なんとも皮肉な話しです。東日本大震災津波により福島の原発事故が起こったとき、関係者は「想定外」と言っていましたが、これと同じ胡散臭さを感じます。経済予測の1つや2つが外れるのと、原発の安全対策が外れるのでは、影響が違いすぎで、とても痛快がっているだけでは済まされません。それにしても、五木氏、ちょっと意地悪ですね(笑)。年の功を感じます。五木氏は1932年生まれです。

 

でも「マサカ」のおかげで儲かっている人もいる

 

外れるのは経済予測だけではありません。五木氏は、健康情報もその一例としてあげています。以前は健康のためダイエットすべし、炭水化物は控えるべきといわれていたのが、最近はまったく逆になり、過度のジョギングはダメ、炭水化物はとるべきと正反対のことを言われたり。さらには、痛風にビールが効くという説まで五木氏は紹介しています。ちなみに、この説はひょっとしてこの本のことを言っているかもしれません。

 

 

mogumogupakupaku1111.hatenablog.com

 

五木氏と私が同じ本を読んでいるとすれば、ちょっと光栄な話しですが、それは余談でして、本題に戻りますと、正反対の説が世の中に出てくるということは、それは、そういう説を紹介する本とかが発行され、誰かが購入していることになります。それはそうですよね。「マサカ」と言えるような内容でなければ本にはなりません。昔から言われている普通のことばかりなんていう本が売れるはずもないし、発行されることもないし。つまり、出版業界、専門家は、「マサカ」の連続で自説が否定されていてこまっているかと思いきや、新たな本を出して儲けることができているという、これまた皮肉な絵が浮かんできます。五木氏はここまでは直接には述べていませんが、時間をさかのぼるといま言われていることと正反対のことが言われていたという五木氏の指摘は、世の中の実態を浮かび上がらせてくれます。

 

なぜ人は「マサカ」に驚くのか?

 

「マサカ」の内容は連続しているのに、なぜ今さら「マサカ」に驚くのか?なぜ慣れてしまわないのか?その答えは意外にも「慣れ」にあります。つまり、「マサカ」と言われるようなことが起こっても、人はそれに慣れてしまい「マサカ」とは思わなくなってしまう。たとえば、携帯電話、固定電話しかなかった時代には考えられず、まさに「マサカ」。でも、いまでは当たり前。

これは最近だけでなくて、昔も同じ。たとえば、ガリレオが地動説を唱えたとき。それまでは天動説の時代でしたから、当時の人は「マサカ」と思ったはず。でも、いまではすっかり地動説が当たり前、慣れてしまっている。自動車も同じ。自動車が初めて誕生したのは18世紀末。当時は「マサカ」だったでしょうけど今ではすっかり慣れてしまい当たり前。

こうして歴史を振り返ると、そもそも世の中には何が起こるかわからず、何でも起こりえるのであり、わたしたちが、勝手に「慣れ」からこんなものだと決め付けていることが「マサカ」を生み出しています。つまり、「マサカ」を作っているのは私たちの「慣れ」つまり私たち自身です。自分で作っておいて驚いているのですから、世話ないです。

 

この本は、「マサカ」を生み出すのは「マサカ」と言っている本人である、というある種の人生の教訓を教えてくれています。